大阪地方裁判所 平成8年(ワ)11255号 判決 1997年5月28日
原告
国
右代表者法務大臣
松浦功
右指定代理人
山崎敬二
外三名
被告
大宝塚ゴルフ株式会社
右代表者代表取締役
反甫玉造
被告補助参加人
株式会社幸福銀行
右代表者代表取締役
頴川徳助
右訴訟代理人弁護士
島田信治
同
西村健
同
増田勝洋
主文
一 被告は原告に対し、金九五〇万円及びこれに対する平成八年一一月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、ゴルフ場事業を営む株式会社である。
2 訴外三幸株式会社(愛知県一宮市栄二丁目九番八号所在。以下「滞納会社」という。)は、昭和五九年七月二日、被告が経営するゴルフ場及びその付属施設の優先的利用権を内容とする別紙ゴルフ会員権目録記載の法人正会員権(以下「本件ゴルフ会員権」という。)を購入し、入会保証金として金九五〇万円(以下「本件預託金」という。)を被告に交付した。
3(一) 原告は、滞納会社に対し、別紙租税債権額表①記載の租税債権(合計金四八七万六七五五円)を有していたところ、平成三年一〇月九日、国税徴収法七三条の規定に基づき、滞納会社を債務者、被告を第三債務者(又はこれに準ずる者)として、本件ゴルフ会員権を差押えた上、同日、差押通知書を被告に送達した。
(二) さらに、原告は、滞納会社に対し、別紙租税債権額表②記載の租税債権(合計金四八五万一八二〇円)を有していたところ、平成五年四月二八日、国税徴収法七三条の規定に基づき、原告を債権者、滞納会社を債務者、被告を第三債務者(又はこれに準ずる者)として、本件ゴルフ会員権を二重差押えした上、同日差押通知書を被告に送達した。
(三) 原告は、右二つの差押えにより、国税徴収法七三条五項、六七条の規定に基づき、別紙ゴルフ会員権目録記載の預託金返還請求権の取立権を取得した。
4 よって、原告は、被告に対し、右預託金返還請求権の取立権に基づき、金九五〇万円及びこれに対する平成八年一一月二三日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告の認否
1 請求原因1、2の各事実は認める。
2 同3の(一)、(二)の各事実のうち、原告が、二つの差押えについて、被告にそれぞれ差押通知書を送達したことは認め、その余は不知。
三 抗弁
1 同時履行関係設定の特約(被告の抗弁)
(一) 被告は、本件ゴルフ会員権の売買契約の際、滞納会社に本件預託金に係る入会保証金預り証(以下「本件預り証」という。)を交付し、滞納会社との間で、被告の滞納会社に対する本件預託金の返還と、滞納会社の被告に対する本件預り証の交付について同時履行とする旨の合意をした。
(二) 被告は、原告が本件預り証を交付するまで、右預託金の返還を拒絶する。
2 債権喪失(被告及び被告補助参加人の抗弁)
(一) 滞納会社は、昭和五九年七月三日、被告補助参加人(当時の商号「株式会社幸幅相互銀行」。平成元年二月一日に普通銀行に転換し、現在の商号に変更。以下「補助参加人」という。)との間で、補助参加人との間の相互銀行取引に基づく一切の債務の担保として、右債務につき滞納会社の不履行があった場合、補助参加人が一方的な意思表示により本件ゴルフ会員権譲渡の本契約を成立させることができる旨合意した。
(二) 被告は、昭和五九年七月一二日、右譲渡予約につき、確定日付のある証書をもって承諾した。
(三) 滞納会社が補助参加人に対する右債務を履行しないため、補助参加人は、滞納会社に対し、平成三年一〇月五日到達の書面により、右譲渡予約を完結する旨の意思表示をした。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(一)の事実は否認する。
2 抗弁2(一)、(二)の事実は認める。
第三 証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因について
1 請求原因1、2の各事実は、当事者間に争いがない。
2 請求原因3(一)、(二)の各事実のうち、原告が、二つの差押えについて、被告にそれぞれ差押通知書を送達したことは当事者間に争いがなく、その余の事実は、甲第二号証(原本の存在及び成立に争いがない。)及び甲第三号証(成立に争いがない。)により認められる。
二 抗弁1(同時履行関係設定の特約)について
1 抗弁1(一)の事実に関して、丙第二号証(成立に争いがない。)によれば、本件預り証に「この預託金は本証発行の日から満一〇カ月経過後退会の際本証と引換に返却致します。」との記載があることが認められる。
しかし、他方、甲第八号証(原本の存在及び成立に争いがない。)によれば、本件ゴルフクラブの会則において、預託金は一〇年間据え置きの上、会員資格を喪失した場合に返還すると定められ(同会則一一条)、その資格喪失事由として「退会」のほか、「除名」、「死亡」、「会員たる法人が解散したるとき」などの事由が定められていること(同会則一二条)を認めることができ、これらの事実に照らして考えると、本件預り証の前記記載をもって、一般的に、預託金の返還と本件預り証の交付とを同時履行の関係にするとの合意が成立しているとは認めることができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
2 なおちなみに、本件預り証は債権証書にすぎず、商法上の有価証券ではないから(最高裁昭和五七年六月二四日第一小法廷判決参照)、預託金の返還と預り証の交付とは法律上当然に同時履行の関係にあるわけではない。
3 よって、被告の同時履行の抗弁の主張は理由がない。
三 抗弁2(債権喪失)について
1 抗弁2(一)、(二)の各事実は、当事者間に争いがなく、同(三)の事実は、丙第三号証(官署作成部分は成立に争いがなく、その余の部分は弁論の全趣旨により成立を認める。)、同第四号証(成立に争いがない。)により認められる。
2 右事実によれば、本件各差押え前の平成三年一〇月五日に補助参加人が予約完結権を行使したことにより、本件ゴルフ会員権につき滞納会社から補助参加人への譲渡行為が成立したことになるが、預託金会員制ゴルフクラブの会員権の譲渡をゴルフクラブ経営会社以外の第三者に対抗するには、指名債権譲渡の場合に準じて、譲渡人が確定日付のある証書によりこれをゴルフクラブ経営会社に通知し、またはゴルフクラブ経営会社が確定日付のある証書によりこれを承諾することを要し、かつ、そのことをもって足りると解されるところ(最高裁平成七年(オ)第二〇八〇号・平成八年七月一二日第二小法廷判決参照)、被告及び補助参加人(以下「被告ら」という。)は、抗弁2(二)の事実をもって、滞納会社から補助参加人への本件ゴルフ会員権の譲渡の対第三者対抗要件を具備すると主張し、これに対し、原告は、譲渡予約についての確定日付ある承諾をもって、譲渡自体の対第三者対抗要件を備えたとはいえず、原告の本件ゴルフクラブ会員権に対する差押えが優先すると主張するので、この点につき以下判断する。
そもそも民法四六七条が、債権譲渡につき、債務者の承諾及び債務者への譲渡通知をもって債務者のみならず第三者に対する対抗要件とした趣旨目的は、当該債権の債務者の債権譲渡の有無についての認識を通じ、右債務者によってそれが第三者に表示されうることにより、債権の譲渡を受けようとする第三者の利益を保護することにあると解される(最高裁昭和四九年三月七日第三小法廷判決・民集二八巻二号一七四頁参照)。そして、対第三者対抗要件としての承諾は、債務者が譲渡の事実を知ったことを表示する観念の通知であり、法は、それを確定日付ある証書によってすることを要求している(同条二項)。このような承諾を、譲渡より前の譲渡予約の時点で予めなしておくことができるかが問題となるが、未だ譲渡予約がなされたにすぎない時点での債務者の認識は、あくまで将来譲渡がなされる可能性の認識にとどまり(すなわち、譲渡予約の時点で、将来予約完結権が行使されるか否か及びその行使時期はもとより不確定である。)、この認識によっては、第三者に譲渡の事実自体を表示することはおよそ不可能であるから(たとえそのような表示をしても、それは事実に即しないものとなる。)、前述した本条の対抗要件の構造に鑑み、譲渡予約時点での確定日付ある証書による承諾をもって、その後の予約完結権行使による譲渡の対第三者対抗要件に代えることはできないと解するのが相当である。そして、民法四六七条二項は強行規定であり、確定日付ある証書による承諾を不要とする譲渡当事者間での特約は無効であるが、もし譲渡予約時点での右承諾をもって譲渡の対第三者対抗要件に代えることを認めると、右のような特約の効力を認めるものと同様の結果となるからである。
ところで、補助参加人は、対債務者対抗要件(同条一項)においては一定の要件のもとで予めの承諾の効力が認められており、対第三者対抗要件(同条二項)においても別異に解する根拠はないと主張するが、前者が債権譲受人から債務者に対して権利を主張してそれを行使するための要件にすぎないのに対し、後者は物権変動におけるのと同様の意味での対抗要件(権利の帰属関係を決するための対抗要件)であり、両者を同列に論ずることはできないというべきである。
また、補助参加人は、譲渡予約についての債務者の承諾は、不動産登記制度における仮登記と同様に順位保全の効力を有すると主張するが、そのような効力を認める明文規定がない上、解釈上も、右のような効力を認めることは次のような不都合がある。すなわち、ある債権につき、債権者が第三者甲との間で譲渡予約をなし、債務者がそれにつき確定日付のある証書をもって承諾したのち、甲が予約完結権を行使するまでに、右債権が他の第三者乙に譲渡され、かつ確定日付のある譲渡通知がなされた場合に、債務者が乙から支払請求を受けたときは、支払に応ぜざるを得ないと考えられるが(けだし、その時点で、当該債権は乙に帰属しており、甲との譲渡予約はこれを左右するものではない。)、乙に対して支払に応じた後に甲が予約完結権を行使した場合、仮に、順位保全の効力により甲に対する譲渡が乙に対する譲渡に優先するならば、債務者は甲からの請求に応ずるとともに、乙から支払金を回収することを強いられ、回収不能のリスクを負うことになる。また、債務者がこのような危険負担を嫌って、乙からの請求に対し支払を留保した場合に、最終的に甲が予約完結権を行使せずに終わったときは、債務者は乙に対して履行遅滞の責任を免れない。したがって、債務者はいずれを選択しても、リスクを負うことになるが、債務者がこのような危険負担を強いられる理由がない。このように実質的にみても、譲渡予約についての債務者の承諾に、仮登記と同様の順位保全の効力を肯定することは相当でない。
3 以上のとおりであるから、補助参加人は本件ゴルフ会員権の譲渡につき対第三者対抗要件を備えたとはいえず、抗弁2は理由がない。
四 結論
以上によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官田中澄夫)
ゴルフ会員権目録
滞納会社が被告に対して有する左記ゴルフ会員権(左記ゴルフ場及びその付属施設の優先的利用権並びに預託金九五〇万円の返還請求権)
記
名称 大宝塚ゴルフクラブ
会員番号 AI〇一七〇二
入会保証金 金九五〇万円
別紙租税債権額表<省略>